2004年5月
5月2日(日)
『コチカ発情する1』
夕べのこと。
2時ごろに就寝した。
ふとんに潜りながら、
PCを枕の上に置き、書きものをしていた。
30分もたった頃だろうか。
コチカもすでに来ていて、枕に両手をかけて寝ていたのだが、
私がキーを打つたびにひじで枕がゆれていた。
最初のうちは私も気にしていたが、コチカは知らんふりをしているので、
いいのだろう、と思っていたら、
30分もたった頃だろうか。
いきなり、にゃう!と私の手の甲に噛み付いた。
え!とコチカを見たが、すぐにはやめない。
コチカの手を肘で踏んづけたのか、と思い、腕をどけた。
小さなパイプが入った枕がコチカの手の置いたところで折れ曲がり、
コチカの手が挟まったのかもしれない。
よくわからない。
なんか変だ、と思い、コチカの名前を呼び、撫ぜようとするが、
コチカは噛むのをやめない。
やめないどころか、うにゃー!!!と叫びながら、何度も何度も噛み直している。
挙句の果てに、起き直り、私の手の甲に噛み付いたまま、
左足を腕にかけようとし、なかなかかけられず、何度もかけなおす。
動転した私は、去勢した方がいいのかな、などと夫に言いつつ、
噛ませたままにしているが、かなり痛い。
決定的に怪我ができるほど強くではないが……
* * * *
▲
5月16日(日)
やっぱりこれは、発情しているのだろう。
腕の位置が高いと、何度もまたがり直すので、
適度と思われる位置まで肩を下げてやったら、
果たしてコチカは射精をするのに相応しい腰つき。
いったいこんなことどこで知ったのやら、と不思議になる。
体の機能がいざ発情、という状態に入ると、メス猫を探し、その首に噛み付き、後ろから入ろうとする、という一連の行動が遺伝子の中にパターンとしてインプットされていて、大した思考なしに行動に走るのだろうか。
そういえばまだ小さくて後足が不自由だったときにも、首筋を掻こうと上がらない足を上げようと体を傾けていたのだった。でも掻く、というのと、交尾をする、というのは複雑さがかなり違うと思うが。。
それとも案外窓から外を見ているうちに、人間の知らないうちに大人のすることを見ているのかな。
とにかく、コチカは発情して、私の右腕をメス猫に見立てて、思いを果たそうとしているのだ。
体を起こしたときに、おなかを確かめてみると、確かに赤いペニスが出ている。
これで射精できたら去勢する必要もないのではないか、と思うが、やっぱり本物とは違うからできないのだろうな。
人間だったら他に手段もあるだろうに……て話が別な方向にいきそうな。。
いやかなり深刻にそう思うのも確か。
手首に噛み付き、またがり、というのが一段落すると、コチカは横へ退き、丸く座る。
もういいのだろうか、と名前を呼んだり手を出したりすると、またgrrrrrrにゃう〜〜〜、と最初から始める。
体を起こしていた私も疲れてきたので、頭を枕につけると、コチカの目つきがちょっと変わった。
さてどこを噛もうかと思っているらしい。
私は顔を狙われるのが恐くてまた体を起こしたが、コチカの体に見合った大きさ、というのが、
私の手首なのだろう、私の背中に視線を当てながらも、体は右手首に向かってくる。
コチカがライオンくらいの大きさだったら、私は必ずや首筋を狙われるに違いない、と思うと、
コチカが小さくて命拾いした、というものだろうが、もういい加減痛くなってきたので、
猫のまねをして、ch"〜〜、と言ってやったら、ひるんでしばらくじっとしていたが、
堪えられないもの、というのがあるらしく、再度向かってきたので、もうしたい放題にさせた。
後で見ると、コチカの牙の当たったところや、牙ですれたところが、
みみず腫れになって大変痛々しい。
メス猫はさぞかし痛い思いをするのだろうな。
始まってから40分ほどたって、コチカはようやく落着いた。
前脚をペロペロと舐め、横座りになって、しーん、となった。
もう体を撫ぜてもなんともない。
私は階下に下りてくると、コチカも下りて来た。
まっすぐ台所の自分のお皿の前へ行く。
嵐のような激情が走ったことだろうから、さぞかしおなかがすいたのだろう。
キャット・フードを5粒くらいとカツオブシをやった。
やはり去勢してやるべきだろうな。
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5月21日(金)
電信柱にあったらしい巣から落ちた子スズメを手のひらにつかみ、暖めてみるのだが、
スズメが生きられるのかどうか心配で緊張しているせいか、
手が暖かくなっているような気がしない。
それでも15分くらいたった頃、1回鳴いた。
声がしゃがれていて、ちゅいん!と鳴くところが、ぢゅいん!と聞こえる。
スズメはひどく臭う。なぜか焼き鳥ならぬ焼き魚の臭いがする。
スズメをどけてみると、手のひらには数匹のダニが慌てふためいたように這い回っていた。
空を飛ぶ鳥に、いつどのようにダニなぞがつく暇があるのだろうか。
地面にいたたとしても、ひとつもじっとしていないのに。
試しにコチカに見せてみたら、ちょっと臭いを嗅いだだけで、
目の色が変わり、大変な興味を示したので、すぐ引っ込めた。
*
私は手がなかなか温まらないような気がして、外に出ることにした。
チェリーの奥さんに会えるかも知れないし。
外では太陽がかなりの熱さで背中を刺してくる。
手はすぐに温まってきた。
スズメも心地よくなってきたのだろう。
ぢゅいん!ヂュイン!と鳴き声を繰り返す。
煙の出ない煙草をくわえ、自転車に乗ったおじさんに行き会った。
最近よく人である。
「こら、ニャンコ!」
とアスカに気をとられているコチカに声をかけた。
「なんて名前?」
「コチカ」
「え?!」
「コーチーカ、です」
「どーやって割り出したのその名前?」
(割り出す、という言葉に噴出す私)
「オレもたいがい物知りやけど、そんなの聞いたことないけ」
(関西っぽい。でも、〜け、ってどこの言葉だろう)
「チェコ語で猫って意味です」
「へ〜こりゃひとつおりこうさんになったな」ともごもご言うと、
「こら、コチカ!」
(私はコチカが怯えるのではないか、と思わず警戒したが、意外にも怯えていない)
「おれぁ動物に好かれるんや。犬でもなんでも寄ってくるもん。
おれが動物みたいやで。サルに似てるて言われるし。
いや、サルがオレに似とるんやけどアハハ〜」
と行ってしまった。
確かにサルに似ているが、どことなくアラン・ドロンにも似ていて、
若い頃はモテたのではないかいな、あのおじさん。
こないだチャコちゃんの奥さんと花の話をしているときに、
バラきれいやなー、モノいわんもんが一番ええ、犬でも猫でも……
と言いつつ行ってしまったのが初めてだったが、
どういう人生しているのだろう。
今度会ったら、なんで東京に住んでんの?と訊いてみよう。
ここまでの間、ずっとスズメは手の中でヂュインヂュイン、と鳴いていた。
でもおじさんは全然気付かないのだった。
ま、そこらここらで小鳥の声はとずっと聞こえてるからね。
* * *
そうこうしているうちに、目当てのチェリーの奥さんがチェリーを連れて帰ってきた。
韃靼そば茶の出がらしとか、ご飯とか、上げれば、と言った。
チェリーんちの庭のフェンスには、それらが撒かれていて、
だから小鳥がいつもたくさん寄ってくる。
玄米がある、といったら、あ、それがいいんじゃない、その方がミネラルもとれるし、とのこと。
右目が開いていないが、栄養がつけば開くかも。
ちょっと元気になったらカゴに入れたまま窓の外にでも置いとけば、親が見に来るかもしれないよ。
人間の臭いがついてても関係ないんだって。
……といろいろ教えてくれた。
2、3日すれば……飛べるようになるかしら、と言いかけたら、
……死ぬか生きるか、どちらかに決まるわよ。
と言った・
それで死んじゃったら、もうしょうがないよ。
そうか。
その言葉を聞きたかったのだ、と言う気がした。
やるだけやって死んでしまったら、しかたがないのだ。
どういう死に方になっても。
そうそう。
*
驚いたことに奥さんは、空を飛んでいくスズメが子供か親か、がわかるのだった。
子供は羽毛がすっかり抜けるまでは、もっこりして親より太って見えるのだが、
羽毛がすっかり抜けると、今度は親よりもほっそりして見えるのだそうだ。
そして巣から出た子供も、まだ子供のうちは、
韃靼そば茶でもなんでも、親が拾って口移しでやるのだそうだ。
へ〜!!!
そんな様子が窓から見れて、いいな。。
*
家に戻って、言われたようにご飯を与えようと思った。
炊いた玄米にお茶の葉の出がらしがあったので、
すり鉢に水を入れて、すりこぎで擂った。
爪楊枝2本にちょこっと載せて、
顔の前に持っていくが、反射的に口を開くかと思ったら開かない。
仕方ないので、爪楊枝を横に差し入れて、嘴を開けた状態にして、
隙間からご飯を入れてやった。
なんとか飲み下した、と思っていたら、飲んでいないっ!
口の中いっぱいに溜めたままである。
そういえば、鳩や海鳥たちが子供にエサを与えるときには、
大きく開いた嘴に顔を突っ込んでいる映像を思い出した。
喉の奥に突っ込んでやらないといけないのか。
そう思いやってみたら喉の辺りが、ごくっ、という動きをした。
口の中は空っぽである。
やれやれ。
なにか言いながら、ご飯をやる。
ご飯だけでなく、いちいち何か言って声を聞かせる。
手につかんだり、暖めたりするときに聞こえた声を覚えたら、
安心するのではないか、と思うから。
2本のお箸の間に水を張って飲ませてみると、
こちらはうまくいった。
小さな喉をひくひくさせて上手に飲んだ。
*
右足がちゃんと伸びない。
前3本と後ろに1本ある指の、前の中指(?)はどうやら神経が通ってないようだ。
足全体はちゃんと動くのだが。
でもときどきバタバタやるから羽はちゃんと動いている。
だから右半身が不随だというわけではないだろう。
落ちたときに怪我をしたのだろうか。
ずっと鳴いているのは、親を呼んでいるのだろう。
なんだか不憫。。
明日は出かけてしまうけど、大丈夫かな。
チェリーんちの奥さんにお願いした方が安全かな。。
*
夕方までに、3回ご飯を与えた。
2階の窓にカゴを置こうと思ったけれど、
玄関先の3本の木の間に、置いておいた。
ときどき見に行くと、アスカが門の向こうに座っている。
子スズメの声に興味を持ってきたのだろうか。
6時過ぎにコチカの散歩に行ったとき、
もうほとんど親スズメたちはいなかった。
その代わり、電柱の天辺に、カラスがいた。
いや〜な感じがして、手に子スズメをつかんで散歩した。
触るとバタバタ羽ばたくほどに元気になっていたが、
夕方になって少々気温が下がっているので、
ちょっとばかり動きが緩慢になっている。
手に握られて温まってきたら、
また、ぢゅいん!と声を上げた。
*
チャコちゃんちの奥さんが2階の雨戸を閉めている。
さっき、お宅の玄関にアスカがいたわよ、と言ったので、
その理由を説明した。
そのときちょうど、ときどき行き会うおばあさんもいた。
おばあさんは、あらスズメ?!と言い、
知り合いがスズメを拾ったことがあり、すっかりなついて、
鳥かごで飼っていたことがあって、10何年生きたわよ、
ということだった。
ふむ。
飼ってみたらかわいいのだろうが、外で自由に飛び回るのが許された鳥なのだ。
元気になったら外にやりたい。
チャコちゃんの奥さんは、また大変なものを拾ったわね、
と笑っている。
おととしの夏、子猫を拾ったとき奥さんは逃げてしまったのだが、
私が拾って、死なせてしまったのに、続いてまた、と言いたいのだろうと思った。
そうなのよ〜
でも見つけてしまったものを放っておけない。。
朝、チェリーの奥さんもあなたか私かどちらかね、と笑ってたけど。。
*
結局、明日自宅にいないし、家に置いておけばコチカが心配だし、
2階の窓に置いておくのもカラスがやってくるのが心配だし、
どうしよう、と思っていたら、チェリーの奥さんが出てきたので、
その旨を話したら、靴が入っていた箱の蓋にいっぱい穴を開けて、
きれいなタオルを2枚入れて持ってきた。
子スズメを入れ、何をどれだけ食べさせたか私に聞き、家に入っていった。
ほっっっっっっっ
これで安心である。
きっとうまくしてくれるだろう。
*
スズメは、5月23日(日)朝、風呂場で死んでいた。
ペッタンやチェリーから守るために、
お湯を抜かない暖かい風呂場を締め切ってスズメの入った箱を置いておいたが、
朝になったらもう固くなっていたとのこと。
落ちてから2日生きていた、ということか。
風呂場は湿気があって暖かいはずだけど、
親や兄弟たちのぬくもりとは格段の差があるだろうしね、とチェリーの奥さん。
まあ最後にあなたに拾われて大事にされたんだから、よかったと思うわよ、と言ってくれた。
私はチェリーの頭を撫ぜながら、そうですね、と言った。
死ぬ運命にあったのだったら誰がどうしてもどうにもならないのだ。
チェリーの奥さんにお願いして死んじゃったのなら、もっとどうしようもない。
*
で、チェリーんちの庭の隅に埋めとくわ、ということだったが、
うちの大家さんが、うちの方が安全よ犬とかいないし、
ということで、うちが引き取ることになった。
庭のいったいどこに埋めるのだろう、と思いながら散歩に行って帰ってきたら、
もう埋めたわ。あなたんちのお風呂の方のつつじの下。
つつじの花がよく咲くように。
そうか。そんな風に考えるのを聞いたことがある。
今度はつつじになるのね。
うちのお風呂と台所は、5月のつつじの頃には、
ショッキング・ピンクのライトが光っているみたいに、
窓の向こうが明るくなる。
毎年楽しみにしてるからね。
そういえばつつじとスズメと似てるかな。違うか。。
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