3月8日(金)
あっという間に3月も3分の1が過ぎた。
おとといくらいから、東京は温かく、過ごしやすいのだが、
花粉の飛来状況もすごいらしく、
花粉症の夫は、鼻をかんだりくしゃみをしたり、それはそれは忙しいのだ。
コチカも私も静かにしているのに、そんなで一人盛り上がっている夫は、
気分もハイなのか、なんだか妙に元気に見える。
これから1カ月、大変だ〜
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3月9日(土)
<良い言霊をまねさせて、元気アップ!>
閑話休題。
ネコとも動物とも違うけれど、ペット繋がりの話。
良い言霊の大切さは、子供時代のコチカにも教えられたものだ。
まずはこの笑える動画をご覧ください。
[検問にて。コワモテ警官がニヤけた理由]
YOU TUBE↑クリック
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夫のめいの就職祝いを何にするか、なかなか決まらないでいたが、これに決定!
まねをさせてさんざん笑った後には、別の使い道がありそうだ。
疲れたとき、精神的に躓いて苦しい時などに、
私は偉い!
私はよーく頑張った!
などとマネさせて聞くのにもってこいだと思ったのである。
疲弊した精神にはポジティヴな言葉を聴くのも一つである。
ストレスの多い毎日を乗り越えるのに、使えるペットとしてお薦めである。
くれぐれも、わ・た・し・ば・か・よね〜とか、
人を呪う言葉とか、ネガティヴな言葉をマネさせないように。
悪い波動を呼び寄せてしまうので。
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3月10日(日)
<愛について語りたい>
東京は気温最高28度という夏日になるほどの陽気で、
梅の花が終わり、ボケが満開、ミモザも半分ほど咲き、
植え木の根元の雑草まで満開である。
そんな今日の68年前、東京大空襲があり、
2年前の明日には、東日本大震災があった。
被災方々の復興支援番組『Songs』を見た。
辻伸行が弾ピアノ演奏で、Atushiが辻くんの曲につけた歌を歌った。
とてもわかりやすくてシンプルなのに、温かく力強い歌詞が、
しっとりしとした温かいピアノの音に乗って流れた。
音楽家だった頃私は当然、国内外でピアノの演奏もたくさん聞いた。
かつて美しい音を奏でる達人とされた亡くなったピアニストの音源もたくさん聞いた。
なんてきれいな音、すばらしいテクニックに支えられた高い精神性。
素直にそう思い、感銘を受けた演奏は数知れずあるが、
辻くんの奏でるピアノの音、音楽は、それまでの音楽体験を大きく覆す。
辻くんの音楽は、音楽性とかテクニックなどとは次元が別、と言う気がするのだ。
クラシックの音楽家も愛好家も、一般の人々をも魅了する彼の演奏は、
彼が出生するまでの音楽のあり方と、何かが大きく違うのではないかと思う。
彼の子供時代にロシアで出会った先生が、
ノブユキは心がきれいだから、と言っていたが、
そう言ってしまうのは簡単だが、
当時彼は子供だったのだし、
でもその言葉そのままに、
今まで感じたこともないような、高い精神性…果てしなく純度の高い…を感じる。
彼が紡ぎ出す一音一音は、
天に向かって真っすぐ突き抜けていこうほどに純粋な透明感に満ち、
鍵盤の周りには、光の粒が飛び散っているかのようである。
ピアノは本来そんな音楽を奏でるためのものだったのだ。
今までのピアノの歴史のすべてが、辻伸行のためにあり、
ピアノと言う楽器は、彼の出現をじっと待っていたのではないか、
とさえ思う。
はっきり言って、彼の出現はかなり特殊なのである。
地球にアセンションに向けて、宇宙から送られた魂なのかもしれない。
親から傷つけられた体験のない子供の集大成なのだろうか、とも思う。
また彼も、音楽の持つ清らかさ、人を慰めようとする愛、
それのみを見つめ続け、それのみを表現することに、集中しているのだろう。
彼の演奏を支える両親、スタッフのすべても、彼が最大限に持てる音楽を再現できるよう、
心血を注いでいるのがよくわかる。
楽器の調整も、スタジオの環境、オーディオ関係を整えるにも、
すべてにおいて喜びがあり、心地良い集中力に縛られているのだと想像できる。
辻伸行と言う、
愛のみを発信する体質に生まれついた人の純粋な心が呼んだ結果なのだろう。
すべては愛である。
愛がなくては何も始まらない。
愛が全てを産み出す。
辻くんの愛そのものに裏付けられた人間性と、
それが生み出す音楽の持つ愛が、
優しく縛りつけるように人を動かし、愛を音で具現させる。
Atushiと言うアーティストも辻くんの音楽に触発され、
人を根っこから励まし、生きることを促す優しくも力強い歌を作った。
「それでも私は生きていく」
子供から年配者まで、多くの人々が生きる力を得るに違いない、
と私の心も温められ、強くなった気がした。
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3月12日(火)
<季節の変わり目>
東京はここ1週間くらい温かく、
25度という夏並みだった日曜は私もタンクトップで過ごした。
コチカの入る場所も変わり、
方角的には南側のオーディオシステムの前に置かれたテーブルの下に寝ている。
お陰で私のテーブル下は足元がすっきりしていいのだが、
問題は朝である。
冬とは大きく位置を移動した朝陽が、
ちょうど私のソファを温めるので、
コチカが陣取り、朝から二人でもめることになる。
もう少し太陽の位置が高くなるまで、ちょっと面倒である。
夜の快楽
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3月13日(水)
<嬉しい嬉しいご飯>
夕方、私の膝に来て有る程度リラックスすると、
ご飯する?って言わないかな、と期待の目を向ける。
なのでご要望にこたえる。
ご飯す?
いや、その前に、おなかすいた?と聞く。
すると、私を見つめていた目が、わずかにそれる。
意識が、お、きたぞ、とか思うのだろう。
そして、ご飯す?と聞く。
すると、私の足に置いた手の爪が、もじっ、とする。
ゴハンという響きに、わくわく、とするのだろう。
ご飯しよっか、と今度はちゃんと言う。
するとコチカは、嬉しくてたまらなくなるのだろう、
私の手にすりすりし、ペロペロ舐める。
それから、ご飯しようね、すりすり、ぺろぺろ、を何回か繰り返してから、
コチカが膝を下りていくので、私も立ちあがってご飯の用意をしに行く。
思えば結構長い儀式をしているものだ。
ご飯す?の声にわくわくしている手。
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3月19日(火)
<面倒な季節>
温かくなってきた。
もう床暖房を付けている必要もないのだが、
床がひんやりするとコチカは困るのである。
コチカが困ると私も困る。
頻繁にソファにくつろぎにくるからだ。
私が別の場所で仕事なぞしていて、
疲れてソファに座りたいと思っても、
先約が真ん中に当たり前に陣取っている。
どいてよ、と交渉したり、
ゴロゴロをかけたりと、
ゆっくりしようとするにも手間がいろいろかかる。
春でも秋でも、こういう移行期という面倒な時期がある。
でもベランダでは日に日に咲く花の数が増えていくので、
しょうがないな、と思いながらも結構季節を楽しんでいたりする。
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3月20日(水・祝)
春の陽射しを求めて、コチカは移動する。
朝のコース、最初はここ
朝のコース、最終地点はここ…ぽかぽか。。
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3月24日(日)
お風呂前のよしよしをしている夫が急に噴き出すから、
どうしたのと聞くと、
ちゃちゃが男かと思うと笑えてきて、と言った。
なんだそれ???
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3月25日(月)
今日は曇り。
朝陽が入らないとうちもやはり寒い。
花冷え。
心細いので床暖房を付け、久しぶりにパネルヒーターも付けた。
お陰でコチカは足元にいて、ソファの上は広々と塩梅がいい。
このくらい寒いか、もっと温かくするか。
ひとつどっちかにお願いしますよ、だんな!(今江戸落語を聴いているので)
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3月28日(木)
コチカとの場所取りバトルはまだ続いている。
今日も、
私の隣で寝ているコチカに、オシッコしてくるから、
と言い置いて立ったのに、戻ってきたら、
私の座る場所に座り、私をじっと見ている。
すぐ戻るって言ったでしょ、どいて、
と背中を抱き上げようとすると、
身体をもちっと重くして、うにゃ〜、とか低い声で言うのである。
にっくたらし〜
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3月30日(土)
ソファに座る私の膝にしなだれかかるように座っているコチカが、
ぼーっと遠くを見ているような目をしているので、
どしたの?と頬を撫ぜ、顎の下に手をやると、
コチカは遠い目はそのままに、舌をにぅ、と出して私の手を舐めた。
普通、手を舐めるときには、ぺろっ、とくるが、
にぅ、とゆっくりゆっくり舌を出したのが、おかしかった。
何を考えていたのだか。
こういう情緒的なところが好きなのである。
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4月1日(月)
コチカの背中に一本黒く太い毛が生えてきた。
色つきのネコは白髪になるが、
白いネコは黒髪(?)になるのだろうか。
こんなの初めて@@;
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